地球飛行士からの手紙

音楽に関するブログです。

【前編】空前絶後のライブツアー「PATHFINDER」とは、何だったのか。①

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ファンからの賞賛を浴びながら、16年半ぶりとなる非レコ発ライブツアー「PATHFINDER」が幕を閉じました。今回は、この空前のライブツアーがなぜ「特別」であったのかを、バンプのこれまでの現状を打破したツアー」であったこと、そして「セットリストで『物語』を描き出した秀逸な内容」であったこと、の2つに別けて書いてゆきます。今回は、その前編です。

※注意:「PATHFINDER」ツアーのネタバレを含みます


バンドが選んだ大きな変化ーー「QVC」から「WILLPOLIS」、そして「BFLY」へ。


まず「PATHFINDER」は、「ここ数年間のマンネリから脱却したライブツアー」でした。話は約7年前、COSMONAUTというアルバムのリリースにまで遡ります。『COSMONAUT』はメンバーが30代になってから初めてリリースされたアルバムで、全体的にこれまでの作風よりも落ち着いた、「大人な」雰囲気・余裕のある内容になっていました。メンバーにとって非常に手ごたえのある作品だったようで、後のインタビューでも本作で自信をつけた旨の発言を残しています。また『COSMONAUT』とその後のシングルを引っさげたライブツアー「GOLD GLIDER TOUR」も非常に充実した内容となり、この模様を収めた初のライブDVDもリリースされました。バンドにとって満足度の高い結果が残る形となっただけに、ここから先の展開は、「バンドとしての、次の、さらなる挑戦」を見据えたものになったと思われます。


バンドが大きな変化を遂げて行くのは、ここからです。2013年7月に初のベストアルバムをリリース。同じ月にはメンバーの地元である千葉・QVCマリンフィールドでバンド初のスタジアムライブが敢行されます。この「QVC」ライブは、今後数年のバンドの方向性を決定づける非常に大きな転換点となりました。わずか90分間の公演に、バンドにとって新たな試みが数多く取り入れられたからです。当時最先端だった光るリストバンド・ザイロバンドの無料配布や、最先端の照明技術・映像を導入したド派手なライブ演出。そしてメンバーが着る衣装も新調され、ミリタリー風のユニフォームが新たに作られました。この日から導入されたライブの要素は、その後のツアー「WILLPOLIS」、「WILLPOLIS2014」、さらにスタジアムツアー「BFLY」まで続くことになります(一部ライブを除く)。QVCライブの直前まで行われていた「GOLD GLIDER TOUR」から方向転換した、いわば視覚的にも「魅せる」ためのライブ活動がここからスタートしたのです。


これらのライブや活動は、実は世界的な人気を持つロックバンド・COLDPLAYを一部意識したものになっています。ミリタリー風の衣装や、蛍光色を取り入れたライブ演出――特に光るリストバンドは、正にCOLDPLAYがライブで導入したものと全く同じものが使われたのです(たぶん、メジャーアーティストでこれを取り入れたのはバンプが日本で初めて)。当時制作されたプロモーション・ビデオ(特に「虹を待つ人」「Charlie Brown」)も見比べると、驚くほどの共通点が素人目にでも見つかると思います(厳密には、2012年のシングル「firefly」のMVからCOLDPLAYへのオマージュは始まっています)。


実はこれには理由があって、もともとCOLDPLAYは、本国では「いい曲はたくさん書いているが、若いオタクの(ナードの)子が楽しんでいるイメージが強く、メジャー感が薄かった」らしいのです。COLDPLAYのメンバーは「コールドプレイを聞いているのが恥ずかしい」と思われてしまうファンに心苦しさを感じ、ある時から非常にメジャーを意識した活動へと方向転換。音楽性は正常進化させつつもライブやアルバムなどに最先端技術を導入、商業的にも大きな飛躍と成功を収め、世間のイメージを一新した経緯があるのです。こう書くのはちょっとアレですが、こうしたイメージはBUMP OF CHICKENにも少なからずあるものでしょう。「バンドの本質はそのままに、脱皮し、より広いリスナーを獲得するための」新たな道筋として、バンドはこの海外の先輩を意識してみたのではないでしょうか。


バンドにもたらされた変化は、こうしたライブだけに留まりませんでした。QVCライブの翌年春にリリースされたアルバムRAYは映画監督・山崎貴がジャケットデザインを手がけ、ライブで展開した世界観をそのままCD作品にも導入した形となりました。リードナンバー「ray」ではスタッフサイドから初音ミクとのコラボレーションが提案され、これも高い完成度と共に実現し、大きな話題を振りまきました。『RAY』リリースツアーでは山崎貴のほか、漫画家・井上雄彦、写真家・蜷川実花、タイアップ先のファイナルファンタジー、そして初音ミクとのライブ同時共演を含む多くの外部作家とコラボレート。比較的「コラボ」に消極的だったバンドが、これまでの殻を破り、数多くの新たな取り組みを始めたのです。


そしてこの「積極的なメインストリームへの露出」は、実際に大きな成功を呼び寄せます。QVC後にリリースしたアルバム『RAY』Butterfliesはいずれも好調なセールスを記録し、特に『Butterflies』は初週の売上でもこの2枚を上回りました。CD不況と呼ばれて久しい中、前作より売上を伸ばしたのは驚異的と言えます。またライブの動員も右肩上がりとなり、前述の通り『RAY』ツアーでは東京ドームを満席に。合間の単発ライブでは全国のライブビューイングでさらにもう五万人を同時動員。『Butterfiles』ツアーでは全会場がスタジアム規模となり、日本で最大規模のライブ会場である日産スタジアム2DAYSライブも実現させました。


この、「QVCライブからスタジアムツアー『BFLY』」までの季節は、バンドにとって多忙な時期となりました。時系列で並べると、バンドはほぼ休みなしで稼働した形になります。制作期間に1年以上を費やしていた、『COSMONAUT』期とは比較にならないほどのハード・スケジュールです。

2013.07. ベストアルバム『BUMP OF CHICKEN I』『BUMP OF CHICKEN II』リリース

2013.07. 「ベストアルバム発売記念ライブ」at QVC マリンフィールド

2013.08. シングル「虹を待つ人」リリース

2013.09-10. ツアー「WILLPOLIS」開催

2014.03. アルバム『RAY』リリース。(本来は1月発売予定だったが、延期された)

2014.04-07. ツアー「WILLPOLIS 2014」開催

2014.08. シングル「You were here」リリース

2014.11. シングル「ファイター」「パレード」リリース

2014.12. 映画『BUMP OF CHICKEN "WILLPOLIS 2014" 劇場版』公開

2015.02. DVD/BD『BUMP OF CHICKEN WILLPOLIS 2014』リリース

2015.04. CDシングル『Hello,world!/コロニー』リリース

2015.07-08. 「Special Live 2015」開催

(2015年を通じてアルバムレコーディング)

2015.11. NHK「SONGS」出演

2015.12. NHK紅白歌合戦」出演

2016.02. アルバム『Butterflies』リリース

2016.04-07. ツアー「BFLY」開催……

バンドや、バンドを支えるチーム内部で、どのような変化が起きたのかは判りませんがーー。この『BFLY』ツアー終結後、つまり今に至るまでですが、バンドは再び活動の方向転換を迎えることとなります

COSMONAUT

COSMONAUT

 
Butterflies(通常盤)

Butterflies(通常盤)

 

再び「バンドのペース」へーー『20』、「流れ星の正体」、そして「リボン」生配信の手ごたえ。


転換点は、ひとつのライブでした。

2016年。これまで若干曖昧にされていた「バンドの結成年月日」「バンド名をBUMP OF CHICKENとし、4人だけで最初にステージに立ったライブの日」、つまり1996年2月11日と定められ、その20年後となる2016年2月11日に地元・千葉で1本限りのスペシャル・ライブが行われたのです。このライブはファンに衝撃を与えるほどのインパクがありました。QVCライブ以降に恒例化していたド派手なライブ演出は一切なし。オープニング映像もなく、中央にはスクリーンすら立ちませんでした。メンバーはミリタリー衣装ではなく、Tシャツのみでフラリとステージに立ち、ライブ終盤に披露することが多かった「天体観測」を1曲目からぶちかましたのです。その後のセットリストも、「QVC」以降ほとんど演奏されていなかった……いや、ここ10年は演奏すらされていなかったレアな楽曲を幅広い年代からセレクトしました。そのどれもが、単に珍しいだけでなく、ファンにとっても思い入れの深いアルバム楽曲・シングル楽曲ばかり。ここ数年で固定化していたライブセットリストを一気に新鮮に引き戻す、見事な内容となっていたのです。


この「20周年ライブ」、通称20は、「久々にメンバー4人だけでじっくりと決めたセットリスト」だったといいます。過去数年、ライブの流れや演出などの兼ね合いがありスタッフの意見に耳を傾けセットリストを組んでいたメンバーが、再び自分たち主導でライブ演出を練った結果だったのです。スタジアムツアー『BFLY』はこの後に行われたものでしたが、後にメンバーはインタビューで「『BFLY』ツアーは後悔が残るものがあった」と振り返っています。ライブ本数が少なく、あまり細かな修正を反映出来なかったことがその一因だったようですが……。

BUMP OF CHICKEN 結成20周年記念Special Live 「20」 (通常盤)[Blu-ray]

ここから、試行錯誤が始まります。

明けて2017年1月、藤原が長年雑誌に連載していたミニコーナー「Fujiki」が終了することになり、この最終回のために藤原はひとつの詩を書き上げます。「流れ星の正体」と名付けられたそれは、10年以上に渡りファンとハガキを紙面上で交わし合った年月が濃密に反映された内容でした。バンドはこの曲の弾き語りデモを日付限定で公式サイトに電撃公開。曲が完成してから、非常に僅かな時間で……というスピード感だったといいます。さらに2月10日、「20周年イヤーを締めくくる」として、藤原がこれも書き上げたばかりという新曲「リボン」をスタジオ生中継で1度だけライブ配信することが発表されました。当日、23時45分。唐突に切り替わったカメラはスタジオの中の4人を映し、シンセサイザーも同期も一切使われないシンプルなミドルナンバー「リボン」を披露。約5分の演奏が終わると、メンバーの手書きのメッセージと共にライブ配信はそのまま終了しました。この配信への反響は非常に大きなものでした。


今思えば、この2つの試みの重要なポイントは一致しています。それは、「他のクリエイターを介在させず、バンド自らで発信した」という点です。「QVC」以降のライブや活動では、常にバンドは外部の、特に音楽以外のクリエイターたちとのコラボレーションが重なっていました。それは映像作家であり、ライブ演出をするメディアクリエイターであり、タイアップ先のアニメやゲーム、実写映画などで……。しかし『20』や「流れ星の正体」、「リボン」の生配信はそうではない*1久々にメンバー4人が、メンバーだけの手の届く範囲でファンに「直送」した内容だったのです。『BFLY』に未消化感を残し、主体性が高かった『20』に充実感覚えたメンバーが、次のバンドとしての表現をーー今度は外部の優れたクリエイターと、ではなく、4人だけでまずは出来ることーーを模索し始めた、その第一歩の試みが「流れ星の正体」デモ公開と、「リボン」1曲限りの生配信だったのではないでしょうか

リボン


そして『PATHFINDER』ーーマンネリの脱却、メンバー主体のライブが完成。


『BFLY』以降、バンドのペースは再び、以前のようなやや緩やかなものへと戻っています。

2016.08. シングル「アリア」リリース

2016.12. シングル「アンサー」、DVD/BD『BUMP OF CHICKEN STADIUM TOUR 2016 “BFLY” NISSAN STADIUM 2016/7/16,17』リリース

2017.02. 「リボン」スタジオライブ配信

2017.05. シングル「リボン」リリース

2017.07. シングル「記念撮影」リリース

2017.09-2018.03. ツアー「PATHFINDER」開催

こうして見ていくと「PATHFINDER」は、「これまでの経験値は積み上げつつ、バンドメンバー4人へと再び主体を戻したライブツアー」であることが鮮明となります。これらを踏まえた上で、「PATHFINDER」ツアーの特徴へと目を向けてゆきましょう。

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まず、バンドは「QVC」以降続けていたライブ演出をいくつか取りやめました。4人お揃いのミリタリー衣装はなし。それまで続いていたCOLDPLAY的な蛍光色をメインに据えるのをやめ、代わりにモノトーンの、シンプルな白と黒をライブの新たなメインカラーへと取り入れます。恒例のオープニング映像は、派手でカラフルなCGを排除し、代わりにドットノイズと白い光のみで構成された非常に抽象的なものを用意*2。代わりに、流れているライブSEを途中からメンバー自身が演奏してライブの幕を開けるという新しい演出を取り入れました。これも、「別の作家が作った映像でライブをスタートさせる」のではなく、「メンバー自身の演奏で彩り、幕をも開ける」という新たな考え方が読み取れます。藤原は本ツアーで決まって、黒色のシンプルなシャツを着てライブに臨みました。真っ白の光に照らされるメンバー4人に、黒い服を着た藤原の姿は非常に映えていて、『COSMONAUT』期に見せていたような一種の「大人の余裕」をも、その影の中に感じさせるものでした。ここには、「ファン人口を拡大させるために」一種の背伸びをしたバンドの姿ではなく、光に照らし出された、ただ等身大の37歳のバンドメンバーたちが立っていたのです。

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その後使われるライブのバック映像も、決して派手すぎるものではなく、あくまで音楽を引き立てるためのシンプルなものが用意されました(むしろ「記念撮影」のように、ツアーが進むにつれてさらにシンプルな映像に修正されたものすらありました)。演出もセットリストが固定化されないよう、比較的入れ替えに対応できる柔軟性のあるものに変化しました。代わりにライブの「華」となったのは、メンバー自身です。派手な花火や巨大ボールが投入される代わりに、藤原はハンドマイクを手にとり、ファンの前へ進み出ながら歌いました。ギター、ベースはワイヤレス化され、メンバーがさまざまな場面で花道に駆けてゆきライブを盛り上げました。終盤で演奏される「fire sign」ではドラム以外のソロパートも用意。会場も比較的小さいものがセレクトされ、公演数はここ10年で最大規模となりました。メンバーとファンとの距離が、さらに近いものとなっていたのです

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さらに各公演では、毎会場ごとに異なるサプライズが用意されました。クリスマスやハロウィン期間限定のツアーグッズ販売、その日だけ演奏されたレア楽曲や、歌詞の変更ーー。同じライブは二度とない……これは当たり前のことでもあるのですが、本ツアーではその「一期一会」感がこれまで以上に意識されたものでした。そしてそれらは、いずれもメンバーや、メンバーを支える小さなクリエイティブ・チームでどうにかできる、非常に手作り感のあるものだったと言えるでしょう。(名目上の)千秋楽となった埼玉公演では、完全未発表の新曲が「その場の思い付き」で急遽披露すらされました。バンプほどの規模となったミュージシャンで、ここまで柔軟な対応が可能であるということーー。約1年ほど前から始まった次の試みは、何より「バンドの性格とよく合って」いて、見事「PATHFINDER」ツアーによって結実したと言えるでしょう。

そしてそれは、QVC」以降に(大きな収穫を得つつも)一種のマンネリ化を感じさせていた、BUMP OF CHICKENのライブそのものを、自らの手で見事に一新するものでした

外部のクリエイターの手を借りるのではなく、再び「自分たち自身で」発信し、ライブの主役となることーー。「PATHFINDER」は、それがはっきりと意識されたライブツアーだったのです。

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次回は、「PATHFINDER」ツアーもうひとつのキモである「セットリスト」について触れてゆきます。

リボン

リボン

 
アンサー

アンサー

 
記念撮影

記念撮影

 

 

*1:もちろん、「リボン」生配信にも映像スタッフは連れ添っています

*2:ちなみにこれを手掛けているのは、『BFLY』でも演出した映像作家の東市篤憲氏です。どちらも同じクリエイターの手によるもの、というのは、逆に言えば『BFLY』以前のライブ構成はメンバーの意向が大きかったことの裏返しでもあるでしょう